2016年7月31日日曜日

第31回勉強会(2016年7月30日)報告

「近代日本の目録史~欧米の目録規則の受容という観点から~」
日時:2016年7月30日(土) 14:00~17:00
会場:京都商工会議所第一会議室
発表者:今野創祐氏
参加者数:7名
当日の出席者によるtwitter上のつぶやきをまとめたものはこちら


今回は今野氏から近代日本の目録史について発表いただいた。
今野氏が目録史に関心を持ったのは、当会で天野敬太郎を取り上げたことがきっかけ。その後目録の歴史に関心を広げて調べていくうちに、目録の翻訳の問題点をきちんと押さえる必要があるのではないか?と思うようになったとのこと。

江戸時代にも本を分類したものはあるが、標準化をはかるような目録はなかった。明治になって洋書も流入してくるようになって書籍を適切に管理するために、目録への志向が生まれたといえる。この問題に関する先行研究として、志保田務先生の博士論文がある。日本の標準目録規則の発展史を扱っているが、欧米の目録規則の翻訳・受容の具体像はまだ検討の余地がある。

欧米では、革命後のフランスにおけるフレンチ・コード、イギリスのパニッツィの91カ条目録規則など標準化の動きが生まれてきたが、世界的な影響を与えたのは19世紀に登場したアメリカのカッターの辞書体目録である。こうした発展を受けて、20世紀になると英米で合同で目録規則を策定しようという機運が出てきた。

こうした流れを受けて日本でも東京書籍館などで目録標準化への動きが起こる。西村竹間『図書館管理法』(1892)で紹介された目録編纂法、1897年に和田万吉が翻訳した東京帝国大学付属図書館の「洋書著者書名目録編纂略則」、日本文庫協会の「和漢図書目録編纂規則」(1893、1900年の図書館管理法に掲載)、1910年の日本図書館協会の「和漢図書目録編纂概則」、1926年の鞠谷安太郎、中島猶次郎『目録編成法』(間宮商店刊行)、1932年に日図協の「和漢図書目録法」、1942年の青年図書館員聯盟『日本目録規則1942年版』などを取り上げて比較し、それぞれの特徴が紹介された。

発表のなかでは、和田万吉の図書館用語の翻訳の問題点や日図協の和漢図書目録法では書名記入か著者主記入かをめぐる主記入論争という激しい論争を呼び起こしたことも紹介された。

主な質疑は以下のとおり。

  • 目録の先行研究のほか、分類に関する先行研究にはどのようなものがあるのか。
  • 昔の図書館雑誌の論争的性格について
  • 大橋図書館で行われた図書館事項講習会では目録法は誰が担当したのか?その影響は大きいのではないか(→確認したところ、和田万吉が講師と判明)
  • 間宮商店について
  • 目録史において、ドイツの影響はあったのか。
  • 目録をとるときの情報源については、変化が見られるのか。


終了後は、懇親会が開かれた。

『図書館を育てた人々』読書会記録まとめ

事務局2号です。
テキストである『図書館を育てた人々』について、すでに取り上げた人の一覧があるとわかりやすいというご要望があったので作成しました。
リンクをクリックすると、勉強会報告のページに飛ぶようになっています。

こちらの発表希望もお待ちしています。




2016年6月30日木曜日

第31回勉強会のお知らせ

下記の日程で、第31回の勉強会を開催いたします。
御多忙のところと存じますが、ご参加をお待ちしております。

日時:2016年7月30日(土) 14:00~17:00
会場:京都商工会議所 第一会議室(※3階です)

発表者:今野創祐氏
タイトル:
「近代日本の目録史~欧米の目録規則の受容という観点から~」

会終了後は、懇親会を予定しております。

おおよその人数を把握したいので、参加ご希望の方は
会合の一週間前までを目安に、
事務局<toshokanshi.kansai @ gmail.com(@は半角)>までご一報ください。
twitterアカウント@k_context宛にご連絡いただいても構いません。

2016年6月4日土曜日

第30回勉強会のお知らせ(協力:京都府立図書館)【追記あり】

下記の日程で、第30回の勉強会を開催いたします。
ご多忙のところと存じますが、ご参加をお待ちしております。

日時:2016年6月26日(日) 14:00~16:30
会場:京都府立図書館 3階 マルチメディアインテグレーション室
発表者:田中あずさ氏、江上敏哲氏
タイトル:「北米の外邦図、その発見と整理」

※今回は、京都府立図書館のご協力により会場をお借りしています。
 当日、発表とは別に、同館所蔵の洋書コレクションについての簡単な紹介も行われる予定です。

※16:00から約30分間、京都府立図書館のバックヤードツアーが行われます。(2016/6/9追記)


おおよその人数を把握したいので、参加ご希望の方は
会合の一週間前までを目安に、
事務局<toshokanshi.kansai @ gmail.com(@は半角)>までご一報ください。
twitterアカウント@k_context宛にご連絡いただいても構いません。

※外邦図についての参考リンク:https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-601012.php

2016年5月25日水曜日

関西文脈の会について(2016年5月時点)

関西文脈の会の趣旨と沿革について、簡単にご紹介します。

関西文脈の会
関西文脈の会は、図書館職員、研究者、学生、その他有志による図書館史の勉強会です。2010年3月から活動しています。
もともとは東京で2009年7月から活動していた「文脈の会」の、関西支部として発足したものです。
その後、初期事務局メンバーの東京への異動などもあり、現在は関西圏を拠点とした他の勉強会とも交流を深めながら、図書館の歴史に関する文献の読書会として、また、個々人の調査研究成果を持ち寄って報告し、ディスカッションする自由な場として活動を続けています。
詳細については、「関西文脈の会について(2011年6月時点)」を合わせてご参照ください。



勉強会のルール
以下のルールによって運営しています。
  • 開催はおおむね2か月に一度。土日のいずれかの14:00~17:00とする。
  • 参加者持ち回り制(継続参加者は、原則として最低一人一回は分担するものとする)
  • 発表形式は自由(パワーポイントでもレジュメ形式でも可とする)
  • 制限時間はとくに設けない(質疑応答の時間を含めて時間内に終わればOK)。
  • 発表内容は自由論題またはテキスト輪読から選択。
※自由論題の場合は、図書館ないし本の歴史に関し、発表者が興味を持った事柄について自由にテーマを設定して発表する。「図書・図書館史」に部分的に関係するものであれば時代・地域等は問わないものとする。また、対象も図書館そのものに限定せず、本の歴史、読書の歴史、各機関所蔵の特殊コレクションの沿革といったテーマを扱ってよいものとする。
※テキスト輪読の場合は、石井敦編『図書館を育てた人々 日本編1』を輪読し取り上げられている図書館人の活動について紹介する。
  • 会場費とレジュメ印刷費用については当日参加者で等分する。
  • 発表の成果について、発表者が希望する場合には、他の研究会・勉強会での再演を妨げない。また発表の内容について、既存のジャーナルへの投稿も妨げない。

2016年2月までに、通算29回の勉強会を開催しています(共催イベント等は除く)。
今後の勉強会にご関心のある方は、toshokanshi.kansai●gmail.com(●を@に置き換えてください)までご一報ください。

2016年2月29日月曜日

第29回勉強会(2016年2月28日)報告


「田中稲城の夢:帝国図書館構想をめぐって」
日時:2016年2月28日(日)
会場:京都商工会議所
発表者:長尾宗典
参加者数:11名
当日の出席者によるtwitter上のつぶやきをまとめたものはこちら

【発表者による要旨】

 田中稲城は、日本で自覚的に「国立図書館」の果たすべき役割について自覚的に語った最初期の人物の一人である。今回の発表では、彼の図書館構想の特徴は何であり、とくに明治期の文教政策とのような関係にあったかについて、同志社大学竹林文庫中に含まれる田中の意見書草稿類の検討を通して解明することを試みた。
 明治10年以前、田中が登場するよりはるか前からNational Libraryや国立図書館に関する調査や意見は表明されていた。しかし、そこでは一般の利用といった点はあまり考えられておらず、文部省の図書館政策にも直接的な影響は与えていなかった。文部省が所管していた東京書籍館では、“Free Public Library”として、つまり無料原則に立つ公立図書館としての自己規定を持ち業務を行っていた。文部大輔の田中不二麿は、公立図書館の重要性を訴えた一人だが、それは公立小学校等学校教育を補完する機関としての図書館が必要なのだという考え方に立つものであった。
 こうした事態が大きく変化するのは、明治15年の『文部省示諭』以降である。当時すでに田中不二麿は文部省を去っていたが、同示諭では、図書館に特殊の種類があり、それに応じた施策を講じることの必要性が説かれていた。つまりこの段階に至って、田中不二麿以来の、図書館といえばすなわち公立図書館を意味する状況に変化が生じ、「館種」を意識した図書館論が模索されるようになったのである。田中稲城を抜擢した東京図書館主幹・手島精一は、この考え方に沿って参考図書館と通俗図書館を区分して捉え、東京図書館を参考図書館としていく方向性を目指した。田中稲城はさらに、森有礼文部大臣の国家主義教育や帝国大学令以下の学校令に適合させる形で、東京図書館は参考図書館であると同時に国立図書館として独自の機能を持たせるべきだと主張し、様々な意見書を著していことになる。そのなかには、太政官文庫(内閣文庫)との合併や、上野から霞が関・日比谷近辺への図書館移転などといった主張が含まれていた。
 明治21年に留学に出発した田中は、米国の図書館で実務に従事し、国立図書館とは何かの理解を深め、更に図書館を一般人民の大学とする考え方、レファレンスサービスへの理解を身につけて帰朝した。その後東京図書館長となって様々な提案を繰り返していくなかでもこれらの視点は維持された。彼の構想はなかなか実現を見なかったが、明治29年の帝国図書館設立案などでは、あくまでも調査研究目的に限られるものの、学生が「一般人民の大学」であるところの図書館を卒業し、社会に出ていくことについて、田中は積極的に捉えていた。田中構想の特徴的な点は、このような利用者像の設定にも現れているといえるが、そのような人たちが使いやすい図書館として、求める書籍が得られるよう整備していき、東洋第一の図書館とすること――それが帝国図書館開館式式辞にも書き込まれた田中稲城の“夢”であった。

【質疑】(主なもののみ、適宜まとめている)
・田中稲城は教員時代に図書館学を教えていたのか。→日本史など。どのような講義だったかは不明。この頃に帝国大学を卒業した人は特定の専門というより、文系学問はだいたいカバーできるような人が多かった。なお当時の日本には学問分野としての図書館学自体が成立していなかったと思われる。
 ・帝国図書館は、帝国大学の卒業生をターゲットとはしていなかった。特に洋書の所蔵が大学図書館に比べて弱く、大学に属している学生はあまり帝国図書館を使わなかったと思われる。上京してきたがまだ大学に入っていない書生、在野の学者、苦学生などを想定ユーザとしていたか。
 ・帝国図書館の利用者層に、軍人が入っていた可能性。同時代の郷土関係資料で、軍人が地元の歴史等を研究していた痕跡を目にしたことがある。軍隊にそうした資料を備えた設備があったとも思えないので、帝国図書館を利用したかもしれない。
 ・田中稲城と和田万吉は、いずれも「通俗図書館」と「参考図書館」を分ける考え方を唱えているが、時代的な背景の差があるのではないか。和田の頃には地方改良運動の文脈において図書館を利用されてしまうことへの危惧があったのでは。

 終了後、懇親会が行われた。

2016年2月10日水曜日

【再掲】第29回勉強会のお知らせ【2/28】

発表者の体調不良により延期となっていた第29回勉強会につき、
下記の日程で実施いたします。
御多忙のところと存じますが、ご参加をお待ちしております。


日時:2016年2月28日(日)14:00~17:00
会場:京都商工会議所 第一会議室

発表者:長尾宗典氏
タイトル:「田中稲城の夢」

会終了後は、懇親会を予定しております。

おおよその人数を把握したいので、参加ご希望の方は
会合の一週間前までを目安に、
事務局<toshokanshi.kansai @ gmail.com(@は半角)>までご一報ください。
twitterアカウント@k_context宛にご連絡いただいても構いません。