2013年10月9日水曜日

第20回勉強会(2013年10月6日)報告

第20回勉強会(2013年10月6日)報告
「司書養成科目「図書・図書館史」を考える 問題編と解答編」
日時:2013年10月6日(日) 14:00-17:00
会場:京都商工会議所 第一会議室
発表者:佐藤 翔氏
参加者数:11名

当日の出席者によるtwitter上のつぶやきをまとめたものはこちら

  • はじめに
発表内容は2つに分ける。
前半が問題編で、図書・図書館史の分析。教科書の内容から、司書課程で教えられている図書館史を分析したもの。後半は解答編として、前半で分析した現状を踏まえて、自分なりに考えた図書館史の授業についてお話しする。
 2012年6月5日に筑波大学図書館系勉強会で行った発表に、プラスαした内容になる。

  • なぜ図書館史に興味を持ったか?
自分の本業はアクセスログなど、分析畑の人。もともと図書館史に興味はなかった。
 興味を持つようになった遠因は、2009年に川崎良孝先生の図書館史についての講演を聴いたこと。これが面白かった。たとえば「民主主義の砦」といった文脈で語られる事の多いボストン公共図書館が、移民を文化的に洗脳してアメリカ化するという使命を持っていたことなど。
◆参考資料:「手に負えない改革者―メルヴィル・デューイの生涯」

 近因としては、関西文脈の会の存在。ウェブなどで活動の様子を見ると面白そうで、関西では図書館史の勉強が盛んなのだなという印象を持った。また、近年刊行された図書館史系の本にも興味をそそられた。
◆参考資料:「図書館を届ける」、「越境する書物」「新たな図書館・図書館史研究―批判的図書館史研究を中心にして」「国史大辞典を予約した人々」

 さらに直接的な理由として、教員として図書館史を教えるにあたり、自分自身体系的に図書館史を学ぶ必要が生じたこと。基本を押さえなくてはならない、では教科書を読んでみようと考えた。
 司書養成課程を受講した人でも、図書・図書館史の授業を受けた人は少ない。というのは選択科目だから。最近カリキュラムが改訂されたが、趣旨はあまり変わっていない。しかも図書館史は、カリキュラム改訂の度に削除されそうになっている科目でもある。一方で、教科書は複数社から出ており、開講している大学も多いという現状がある。



  • 調査方法
では、どこの教科書がいいか。司書養成課程において一番多くテキストとして使われているものはどれか、調査した。調査に使ったのは「日本の図書館情報学教育」(2005)。この資料で、図書館史の開講大学を確認。大学のHPでシラバスを確認し、テキストが指定されている場合にはどこの教科書を使っているか調べた。
 結果は以下のとおり。
・2012年現在「図書・図書館史」を開講しているのは65大学。うち教科書が指定されているのは33大学で、残りは配布プリントや「参考資料(=紹介されているが買わなくてもよい)」。
・33大学で指定されている教科書は計10種類。
・うち2大学以上が使っているのは4点。上位3位を以下に挙げる。
 1位:JLAの図書館情報学テキストシリーズ「図書及び図書館史」。14大学で採用されている。
 2位:樹村房の新図書館学シリーズ「図書及び図書館史」(1999)。10大学で採用。
 3位:東京書籍「図書及び図書館史」。2大学で採用。

 読んでみると、共通して押さえている事柄はある一方、重視するポイントや全体の構成には差がある。
 東京書籍版では、日本史/西洋史に分ける。古代から近現代までがだいたい均等。
 JLAの旧版「図書及び図書館史」では、メディア史・西洋史・日本史という分け方。図書史と図書館史が分かれている。日本の近現代が中心。海外史は新版よりは厚いが、おおむねさらっとまとめている。JLA新版でも構成は同様。メディア史の部分が長く、全体の半分くらい。それ以外はだいたい西洋史。書き手が比較的若いことも特徴。
 樹村房では、西洋史・中国史・日本史という構成。西洋史が厚い。明治以降の日本の図書館モデルは西洋だから当然ではある。新版では、まず時代区分を採用。中国・インド・イスラム圏の記述が厚いことと、前近代についての記述が充実していることが特徴。ちなみに同志社でもこれを採用。

 しかし教科書を読んでも、そもそもなぜ歴史を学ぶのかが分からない。たとえば世界史であれば、山川出版社の教科書だと冒頭で歴史を学ぶことの意義を書いているが、それが無い。また個別の歴史的事実は書いてあるが、その歴史的意味について書いていない。事象の相互関係や、全体の流れも分からない。
 関西文脈の第6回勉強会で谷航さんが発表された「マクロ図書館史」では、メディアの発展の流れから始めていた。まさにそういう話が、教科書にもあってほしい。何が面白いのか。教員がつまらんものを学生が面白がる訳がない。
【質疑】
・授業はすべてパワーポイントで行う?→だいたいそう。メディア史のほうが食いつきがいい。現物も見せる。授業用に羊皮紙を買った。
・最終的に樹村房の教科書にした理由→時代区分を採用しているのが自分のやりたい方向と合っていたから。

  • 解答編(初回の授業を再現)
「図書館」の「歴史」なんて、自分には関係ないし興味がないと思うかもしれない。しかし実際は図書館に限らない。実験・研究・着想といった情報の精算、そして流通、保存というサイクルの歴史であり、その手段や技術の歴史でもある。
 キーワードは「共有」ということ。情報や知識をいかに共有するか。このことは図書館員に限らず、すべての人が携わることになる。特に現代では、富の源泉が知識情報になりつつある。

 では、歴史を学ぶのはなぜか。むしろ現在と未来のためにこそ過去が必要。
 古代の図書館はどんなだったか。Googleで「古代 図書館」で検索すると、ファイナルファンタジーの画像が出てくる。本がいっぱい並んだ本棚のある空間。
 しかしほんとうの古代図書館では、これはあり得ない。そもそも古代の図書館にあった本は巻子。冊子体の本(=コデックス)が生まれたのが古代ローマであり、普及したのは中世ごろ。アレキサンドリア図書館でも資料は巻子だった。西洋史においては冊子よりも巻子・板だった時代のほうが長い。「本とは何か」という定義は時代と社会の状況で変わる。
 図書館は静かにすべき場所というイメージも近代以降。そもそも昔の読書は音読だった。古代ギリシャでも黙読は行われていたが、それなりの訓練の要るスキルだった。今でいうと速読のような感じ。声に出して読むのが当たり前だった。
 このように今の認識や制度は当たり前のものではない。「図書館とはこういうもの」「これが伝統」というものについ縛られてしまうが、それを打ち破るのが、歴史を学ぶということ。現在を相対化する。過去を知ることが、過去に縛られないことになる。

 巻子が冊子に置き換わっていった過程。パピルスというのは片面印刷しかできず、巻いて保管するのに向いていた。冊子本は両面印刷。後者の方が優れている点は色々あるが、置き換えは便利さだけの問題ではない。パピルスの材料はエジプト特産。当時大きな図書館があったペルガモンはエジプトと仲が悪く、パピルスを手に入れるのが難しかった。そこで羊皮紙が発達した。パピルスに向いている巻子本という形態よりは、羊皮紙に向いていると冊子本という形態が使われることになった。特に冊子本を積極採用したのは原始キリスト教で、キリスト教の普及と共に冊子隊体が普及することになった。
 冊子体の本は片手で読める。また、途中からでも読める。巻子本は両手で持って読んでいたので、注釈を入れるのが難しい。これはテキストに注釈を入れたり、同じ個所を参照しあうことを容易にした。このように、知識の生産や消費の様式も変わる。
 歴史を学べば未来が予想できるという訳ではない。ただ、そのようにして変わるということの覚悟や自覚が得られる。見てきたような過去の変化も、変えた人自身は意識していないだろう。

 この授業で学んでほしいことは二つ。現在を相対化すること。知識の共有主体と社会は、相互作用を及ぼしつつ変化すること。
 授業は全15回。最後は図書館史を踏まえて現代の図書館のあり方を俯瞰する授業としたか
ったが、時間が足りなくなってしまった。そこで最終レポートでは、幻の15回の授業案を作
ることをレポートとして課す予定。

 現時点での弱点は、東洋が弱い。確かに近代図書館史には影響が薄いが、図書史という観点からは不可欠。時間が足りない。近現代はもっと時間をかけたい。
【質疑】
・受講生の反応は?
 →反応箇所は、相対化・相互作用、音読・黙読、巻物・冊子体、Chained libraryの順。
・情報技術の歴史については話すのか。
 →詳しいところは図書館情報技術論の方で話してもらう。こちらの授業では重要なポイントにさらっと触れるのみ。マンハッタン計画など。
・博物館学においては、博物館の歴史というのは養成過程の中であまり重視されていない。文部科学省から求められる項目にも割合が少ない。図書館ではなぜそれほど歴史を重視するのか。
 →図書館の歴史を学ぶ意義については、図書館文化史研究会で声明を出していた。
 →図書館史は研究する人が多くない。図書館情報学系では少ない。図書館の歴史研究の方法論の本は出ているが、一般的な歴史研究とは少し違う。

 終了後、懇親会が行われた。